2020年4月27日 (月曜日)

歩く

 4月7日に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が行われた。不要不急の外出をしない、人との接触を8割減らす、自分の飛沫を飛ばさないようマスクをつける、2mの「社会的距離」を保つ、ウォーキングではそれぞれ5メートル離れる、などが要請されている。だが屋外での運動や散歩など生活の維持のために必要な外出は自粛の対象にならない。
 歩くことは医師にもつよく勧められている。だから今も、大体毎日一度か二度近所の緑道などを歩き、ときどき車で出て公園などを歩く。

 だが公園は、宣言のあとしだいに人が増えてきた。警戒するに如くはない。もっと人の少ないところで安全に快適に歩くべく、先日足を延ばして、隣市の郊外にある緑地公園の駐車場まで行った。ところがそこの駐車場は満車で、駐車区画外のちょっとした隙間や草地にまで何台も無秩序に停まっていた。
 草地にもう1台分ぐらいのスペースがあったが、躊躇して通り過ぎると、後ろからついてきた車がそこに入った。あきらめて出口に向かったところ、タイミングよく目の前で駐車区画から1台出たのでうまくそのあとに入ることができた。だが、行く先は緑地公園ではない。

 道路の向こう側に広がる谷戸に向かった。
「谷戸」とは、横浜市のホームページによると、「丘陵大地の雨水や湧水等の浸食による開析谷を指し、三方(両側、後背)に丘陵台地部、樹林地を抱え、湿地、湧水、水路、水田等の農耕地、ため池などを構成要素に形成される地形のこと」だ。
 開析谷という難しい言葉があるが、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説では、「平坦(へいたん)な台地に発達しているやや広い幅の谷を開析谷(かいせきこく)、その台地を開析台地という」。

 駐車場から田んぼ脇の道を歩き、外の道路に出て、向こう側へ渡り、少し歩いて 谷戸の道に入った。道の左側は草斜面が多く、右側はすこし下に小さな田んぼや畑が畦ごとにわずかな段差をつけながら奥へ向かって不規則に連なる。奥の方はまだ放棄されたままだが、ボランティアによって少しずつ整備され、再生された畑が増える。道は少し高いところにあり、すこしずつ田や畑から離れて高度を上げながら、谷戸の後背に広がる森の中の尾根道へ延びていく。尾根道は分岐し合流し、ところどころで別の谷戸へ降りる道とつながりながら、丘陵の森の中を延び広がる。たまにハイカーなどと出会うが、静かな丘陵歩き谷戸歩きができる。

 いまはもう脚力が衰えて、それらの道を跋渉することはできない。まずは谷戸の道を「後背」近くにある最初の分岐点まで行こう。600メートルあまりだろう。余力があれば一番右の道を大きく回り込んで反対側の尾根道を戻ろう。なければ一番左にある折り返し道に入って同じ側の尾根道にしよう。そう目論見ながら歩き始めた。
 道の位置が少し高いせいか、谷戸道にしては空が広い。明るい薄曇りで、ところどころに青空もあり、薄日ももれる。道の両側の草はまだ丈が短くて、色も新鮮だ。野の花が咲く。チョウがときどき目の前を横切ったり足もとを後ろへ回り込んだりする。

 歩く人が増えていた。一人とすれ違ったばかりなのにもう前方に二人連れがいる、そんな感じの多さだった。独り歩きの中高年男と連れ立つ中高年の女性はいつものことだが、夫婦連れや若い女性同士などは以前はあまり見かけなかったように思う。
 人と接近することはほとんどあるまいと高を括ってマスクを持って来なかったので、すれ違うたびに気を遣うはめになった。人が近づくのが見えると、道脇の草地や下へ降りる細道があればそっちに退避し、なければ道端にかがんで、写真を撮りながらやり過ごした。だが、いつもそうできたわけではない。そうやって分岐点までたどり着いた。疲れたので同じ側の尾根道を戻った。尾根の道はもっと狭かった。
 人が多かったのは意外だった(自分もその一人なのに知恵が回らなかった)が、久しぶりの谷戸歩きで心が洗われた。

 数日後、行動範囲の多くの公園の駐車場が閉鎖された。この連休が新型コロナウイルスを抑え込む正念場だ。しばらくは近所歩きしかできまい。しかし近所歩きの道でも人が増えつつある。だんだん息苦しさが増す。

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2020年4月24日 (金曜日)

二転三転

 新型コロナウイルス感染の拡大防止対策の中の「自粛要請」によって、行動圏内の書店がすべて休業してしまい、本が買えなくなった。単行本は本屋が開くまで気長に待ってもよいが、雑誌はそうもいかない。
 買いたい雑誌が一つあった。発売当日になってからあれこれ調べた末アマゾンで取り寄せることにした。送料410円は割引される。今の時期だけの特別措置なのかもしれない。それを誰が負担するのかということは気になるものの、無料になるのはありがたい。コンビニで現金支払いにすれば手数料もかからない。クレジットカードは使わないのだ。
 パソコンで注文し、すぐコンビニに行って支払いを済ませた。アマゾンのサイトで確認すると配達日は12日後になっている。これは予想もしなかった。この時期だから配送が錯綜していることに思いを致すべきだった。発売当日に申し込んだのは遅すぎたのかもしれない。それでも買えないよりはましだ。隔月刊誌だから12日ぐらい遅れてもまあ我慢はできる。もっと早く来るかもしれない。ここはあきらめるしかない。
 もうひとつ買いたい雑誌がある。翌日、発売一週間前だが、予約申し込みをした。配達日は発売日から10日後になっていた。いくらかは短縮されているが、発売の一週間前に申し込んだからといって配達がそれほど早くなるわけではなかった。

 引き続きパソコンをいじっていて、たまたま駅の書店のサイトを開くと、なんとなんと営業中だとあるではないか。コロナ感染は次第に悪化しているというのに、休業した店が営業を再開しているとは思いもよらなかった。事前にちょっとチェックしてみるべきだったが、愚図の後知恵。後悔ばかりだ。最初のはともかく、発売前予約注文のほうはキャンセルしようか。だが払い込んだ代金はどうなる(調べてみると銀行振り込みで返金されるようだ)。書店は発売日にも営業を続けているだろうか。発売日に本屋に届かないかもしれない。刊行中止になるかもしれない(出版社のサイトを見るとそれはなさそうでった)。思考はしだいに混乱した。
 考えが乱れたまま、キャンセルボタンを押した。キャンセルの理由を入れる欄があったので「発送予定日が遅い」を選んだ。キャンセルされた。が、返金についての説明がない。代金は人質に取られたままだ。混乱した頭でこれ以上考える気力がなかった。画面に[再度購入]というボタンがあったので、これを押した。すぐ再注文が完了した。支払い済みの代金が充当されて、請求額0。配達日はどうなったかと見ると、発売日の3日後になっていた。さらに、最初に注文した雑誌は4日めに配達された。うれしいことだが、なにやら気が抜けるような。

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2020年4月19日 (日曜日)

 先日雨が一日中降り、夜中に止んだ。最高気温は10℃に届かず、翌日の朝も冷えた。平地の雨は丹沢では雪になっていた。4月の中旬に南関東で(山にではあるが)雪。それが意外だったので、翌日午前のやや遅い時間に、晴れて風が強い中をウォーキングかたがた雪の丹沢を見に行った。こういうときにまず思い浮かべるのは公園の展望塔だが、いまは新型コロナウイルス感染症対策で閉鎖されている。
 かわりに、公園の一番南にある駐車場に車を置いて、畑の中の道を右手に山を見ながら南へ歩いていった。密閉・密集・密接とは無縁。ときどき車が走り抜ける。もっと奥に行けばもっとよく見えそうだ。

 丹沢山塊は、東西約50km、南北約30km、最高峰は蛭ヶ岳、標高1673メートル。蛭ヶ岳は畑からほぼ西へ約23キロメートル。丹沢山という名の山もあるがその標高は1567メートル。 かつて何度も丹沢の山に登ったが、中心部のこれらの山まで行く脚力はなかった。

 しだいに電線電柱がなくなり建物がなくなった。目の前は畑は300メートルほど先の段丘崖の森まで続く。斜面に沿って帯状に見える森の上に丹沢山塊の白い頂上群がこれも横に広がる。思いのほか気持ちのよい丹沢の眺めだ。うかつなことに公園の近くにこんな場所があることを知らなかった。

 段丘崖の下から先もさらに低くなっていって一番低いところを堤防に挟まれて川が流れる。川の向こうは次第に高くなって、前衛の山に至る。対岸は山が始まるところまで人家や工場が密集している。畑からは低地はおろか前衛の山々すら見えず、森の上にいきなり丹沢の中心部の峰々が顔を見せて、ちょっと窮屈だ。峰々は左右に長く展開する一方、奥行き感は乏しくて平面的に見える。

 歩いているときに前方に人が見えてなぜこんなところにと不思議に思ったのだが、近づくにつれて山を撮っているのだと分かった。二人いた。連れではないようだった。ここは「知る人ぞ知る」というたぐいの場所なのかもしれない。一人は望遠レンズをつけた本格的なカメラを持っていた。もうひとりはタブレットか。当方はポケットからカメラを取り出した。小さなカメラだが、そこそこ実用になる。そのうちに二人はいなくなった。
 一人で撮っていると、いつの間にか別の人が来ていた。目が合って挨拶を交わした。そのあと撮影に専念して、一段落したところで話しかけられた。さっきキジを見たと言う。それは残念、ぜひ見たかった。雌だったから雄も近くにいるのではないか。私も何年も前だがこの近くで見た。この辺にはまだキジが棲息しているのだろう。いそうな環境だ。しかし開発工事が進んでいる。など、ひとしきり雑談して先に引き返した。

 風が強くて声が聞こえにくかったのですこし距離を縮めて話したが、両方ともマスクをしていなかった。声と同じく飛沫も風で吹き飛ばされただろうが、まさか広々とした畑に囲まれた中に見知らぬ同士二人だけいて不十分な社会的距離で会話をすることになろうとは思わなかった。

追記
 それから5日ほどしてまた雨が降った。気温は高めで、翌朝(きょうだが)の最低気温も一桁まで下がらなかったようだ。だが、山の見えるところに行ってみると丹沢は白くなっていた。ただし一部だけ。中心部の1500メートル級のあたりなのだろう。あるいはほかの部分にも降ったけれどたちまち消えたのかもしれない。

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2020年4月17日 (金曜日)

マスク

 新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するため、いろいろな対策行動が「要請」されている。3密(密閉・密集・密接)の回避、「社会的距離」の保持、人と人との接触8割減、外出の自粛。要は、人と会うな、人に近づくな。もし会うなら、近づいたら、接触したら、マスク、換気、手洗い、・・・。
 もう以前から人と会うことの少ない生活をしている身としては、これ以上減らすとすれば家から一歩も出られなくなる。だが、人と接するためではなく健康の維持のため外に出ないわけにいかない。
 ウォーキングに出ても、といっても距離は短く速度も遅いのだが、人通りの少ない道を選んで歩くから、前方何百メートルか見通せるところでも数人の人がいるだけだ。すれ違う時も2メートルぐらいは離れている。ときどき公園などにも出かける。そういうところは人が減っておらず、むしろ以前より賑わっているように見えるが、それでもほかの人たちとの距離は充分離れている。
「社会的距離」とか「人と人との接触8割減」の”距離”あるいは”接触”とは「手を伸ばせば届く2メートル以内の距離で会話をするようなケース」を言うそうだから、今までの行動のままで要請の範囲内に収まっている。

 以前と違うところがないわけではない。その一つとして、マスクをかけて歩くようになった。ウイルスはマスクを素通りするから防御の役には立たないが、万一気づかないうちに自分が感染していても、飛沫を飛ばして人に感染させる危険は減らせる。
 だが実際のところは、マスクをして歩いても知った人に出会ってあいさつすることはほとんどなく、その他のことで声を発することも、歩きながらのせきやくしゃみも、まずない。だから実用上の必要性はほとんどないと言える。実用のためより、各種の対策をよく承知していて実行していることの証しとして、すれ違う人に知らしめるための手段だといっていい。もっとも、そのように理解する人がどれぐらいいるのか分からないし、常にマスクを欠かさないわけでもないから、マスクの効用はあいまいだ。

 顔を覆うマスクはなんとも鬱陶しい。短期間で不必要になることを願う。
 このささやかな願いが実現することは同時に、新型コロナウイルス感染症対策本部長にとってはこの非常事態を奇貨としてリーダーシップを発揮し何も隠さず誠実に正直に国民に語りかけて何をなすべきかを説明し納得に基づく協力を得て国を救い国民を守り爾後のパンデミック対策の規範を残すという名声を得るまたとない機会である、あったのだが・・・。そのためには何よりも国民に正対すること、すなわち(俯いて原稿を読むのでなく)目をカメラに向けて(まっすぐこっちを見て話すことができない人は信用できない)自分の考えることを真摯に自分の言葉で語りかけること、が必要だった。もちろんマスクを外して。

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2020年4月12日 (日曜日)

やれやれ 3

 今月初めのことだが、以前から気になっていた本を買いたくなった。ごく目立たない本で、おそらくどこの本屋でも店に置いていない。どんな本にせよ新型コロナウイルスで世の中がてんやわんやになっているときに買うこともなかったろうにと今は思うのだが、そのときの心境はもうよく覚えていない。新型コロナ騒動はこの先大きくなって長引くのではないか、買いたいものは今のうちに買っておくのがよさそうだ、というところだろうが、それはまあ言い訳で、気になるのにまだ買っていないという宙ぶらりんの状態を終わらせたかっただけなのだろう。

 いつも利用する書店はすでに休店していたが、もう一つたまに寄る書店があってうれしいことにまだ営業を続けていると分かったので、そこを受け取り場所としてオンライン書店に注文した。店舗受け取りにすると送料がかからないのだ。
 ところがサイトの状況確認画面では、「出荷の目安」という欄は「取り寄せ中」のままで、来る日も来る日もいっこうに動かない。注文先も出版社も都内にあるのにどうしたことか。注文から5日経った日に非常事態宣言が発令された。休店する店が続出したが、受け取る書店は営業を続けているようで、不思議に思いながらも安心した。
 発令から3日後ようやく発送通知のEメールが注文先から来た。受け取り書店に翌日到着予定とある。到着時刻は確定しておらず、遅ければ昼前後になるらしいので、午後行くことにした。

 翌日の午前、受信メールの中にまたオンライン書店からのEメールが入っていた。
 タイトルは「【重要】緊急事態宣言に伴うお受け取り書店休業のご連絡」。本文にはいろいろ書いてあるが、要するにやっと届いた本は、「出荷のご案内が届いた商品に関しては営業再開後、お受取りをお願いいたします」ということだ。またまた、受け取るべき本が目の前に差し出されたところでお預けになった。

 4冊の本が、2つの書店と2つの図書館に1冊ずつ、それぞれのカウンターに行きさえすれば後ろの棚から取り出して渡してもらえる状態のまま凍結状態にある。新型コロナウイルスの拡大にその都度一歩先んじられた。やれやれ。

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2020年4月10日 (金曜日)

やれやれ 2

 新型コロナウイルスの騒ぎで市の図書館は3月のはじめから休館している。なにやらずいぶん以前のことだったような感じがしてよく覚えていないが、最初は2週間の予定で休みが始まり、その後も2週間単位ぐらいで再延長再々延長した。そこへ緊急事態宣言が発令されて、休館は来月13日まで一か月以上延長されることになった。おかげで、休館前に予約した本は「配送中」のまま塩漬けになってしまった。

 隣市の図書館は閉鎖しなかった。ただし開くのはカウンターだけで、WEB(か電話)で借り出し予約を入れてカウンターで受け取るという制限サービスが提供された。わたしにとってはそれで十分で、3月以降はもっぱらこっちの図書館を使用して何冊か読んだ。
 緊急事態宣言が発効した日には読み終えた本が手元にあって、次の本を借りようとしていたところだった。WEBで確認すると、制限利用開館の期間が延長されていた。全面閉鎖ではないことを知って1冊予約を入れたところ、その日の夜になって、準備ができたというEメールが来た。夜に来るのは初めてだ。
 つぎの日に、返す本を持って予約した本を借りに行った。

 図書館の入り口の様子がちょっと変だ。ドアに臨時休館という掲示が貼ってある。中は暗い。
 入れない以上やむを得ない。借りるのはあきらめて、休館日返却口に返す本を投入して帰った。改めて図書館のサイトを見ると、前日読んだ記事はなくなっていた。代わりに「重要 臨時閉館のお知らせ【令和2年4月9日(木)~5月7日(木)】」というタイトルの下に「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の発令を受け、座間市立図書館を臨時閉館いたします。云々」という文言があった。
 Eメールを読み直すと、「予約された以下の資料の準備が整いました。」といういつもの通知文に続いて何かごちゃごちゃ書いてあるのに気付いた。読むと、「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の発令により、4月9日から5月7日まで臨時閉館となります。後日開館しましたら以下の館まで取りに来てください。」とある。いつもなら一番下の行に「一週間以内に以下の館まで取りに来てください。」とあるのだが、それがない。

 夜のEメールには、来信時に読みそこなったけれど臨時閉館と書いてある。だが昼間のサイトには制限利用延長を伝える文言があったのは間違いない、はずだ。と力んだり弱気になったりしても今となってはもう詮無いことだ。予約した本は貸出棚に移されたまま、あと1か月宙ぶらりんになる。またまた、やれやれだ。

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2020年4月 8日 (水曜日)

当面の間

 季刊雑誌をその発売日の早朝に書店の店舗受取でWEB注文した。きのうのことだ。手にするのが二三日遅れるが、連絡が来てから買いに行けば、カウンターに直行して受け取ってすぐ店を出ることができる。新型コロナウイルス騒動の真っ最中、人との濃厚接触の危険がそれだけ少なくなる。
 ところが、夕方になって緊急事態宣言が発表され、夜の0時に発効した。それを受けて、受け取るべき書店が「当面の間」休店してしまった。手にするのが二三日遅れるどころではない。いったいどれぐらいの間待たされることになるのだろうか。季刊であっても雑誌は日が経つにつれて急速に鮮度が落ちる。この手のへまはしょっちゅうやっているのだが、やれやれだ。

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2020年1月27日 (月曜日)

捩れる

 ことしは、まだ耳にしもやけができない。夜のふとんが暖かくてよく眠れる。風呂のタイルがあまり冷たくない。ウォーキングが苦にならない。それもこれも冬が暖かいからだ。個人的には快適な冬だが、暖い冬は地球温暖化のひとつの表れだろう。これは決して快適な現象ではない。だから冬が寒くないのを単純に喜ぶこともできない。
 冬には冬として本来あるべき寒さが必要だ。しもやけができても冬は寒くなければならない。外に出たくなくなっても寒い冬が日本の四季には不可欠だ。そして夏の暑さもほどほどにおさまらないといけない。
 関東地方では今夜は雪だそうだ。平野部でも積もるかもしれない。やっとまともな冬になる。そう考える一方で、寒いのはかなわん、とも思う。
 だが、夜の雪はあしたの朝には雨になる。長期予報ではこの先も気温は高めらしい。春も早く来るのだろう。それは嬉しくて同時に嬉しくない。快適な暖冬でも快適でない寒い冬でも、どっちの冬でも心がよじれる。

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2020年1月21日 (火曜日)

快晴

 日曜日、天気が良いので車で公園に向かったところ、駅伝大会が行われていて、公園の周囲は交通規制されていた。駐車場に入れなかったので、引き返して自転車で出直した。久しぶりに自転車で公園まで走って、あちこちの筋肉が疲れた。持ったカメラが重くて、あまり歩かなかった。自転車で帰れるのかちょっと心細かったが、ゆっくり走って無事戻った。
 月曜日も天気が良かったので、近所を歩いた。疲れていたので少しだけのつもりでいたが、けっきょくいつものコースを歩いてしまった。友だちに手紙を書いた。午後、ポストまで歩いて、回り道をして帰った。
 火曜日、きょうだが、快晴がまだ続く。天気が良いと、外に出たくなる。こんどはべつの公園に車で行った。起伏のある公園で、歩いているうちに疲れた。ふだんはそんなことにはならないのに。帰ってからもまだ疲れていたが、午後には自転車で公民館まで図書館の本を返しに行って、別の本を借りて帰った。
 快晴はきょうまでのようで、あしたからは雲が増えて雨の日も続くらしい。天気が悪いと出かけようという意欲がわかなくなる。天気の子なのだ。

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2020年1月 6日 (月曜日)

いましめ

 去年の最後の土曜日からことしの最初の日曜日までの年末年始休暇の間に、体重が1.4㎏ほど増えた。
 世間が大型連休で日ごろの疲れを癒すためにのんびり過ごしているからといって、こっちまでそれに合わせる必要はないのだが、この期間はすっかり休日気分でだらだら過ごしてしまった。ほとんど外に出ることなく室内でも運動に類することをまったくせず、一方雑煮類やケーキ類や果物や会食やと毎日高カロリーのものを多く摂った。このカロリー収支の落差の大きさからみれば体重が増えるのは当然の成り行きだ。1.4㎏程度で済んだのははむしろ軽症と言って良いのかもしれない。
 問題は気分の“だらけ”だ。このまま楽な毎日を続けるのでなく、だらけた気分を引き締めなおして、休みたがる体と頭を動かす。さもなければ、老化の進行が加速する。
 ということを新年の戒めとして、まずは可及的速やかに体重を元に戻さねばならない。
 と書きはしたものの、じつはこれは毎年のことで、毎年年末から年始にかけて体重が増えて、いつのまにか元に戻る。けれど、毎年一歳ずつ年齢を重ねて、毎年体力も気力もいくらか衰えるから、そのうちに気分の“だらけ”が常態になりはしないかと危惧し、危惧が年々大きくなる。だからやはり新年には戒めが必要なのだ。

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